まずはこのグラフから、ご覧いただこう。

最高気温の経過を現代の平年値と比較してみたものであるが、この時代よりも気温が高い現代の平年データを使用してもなお、札幌の気温はほとんどの日でそれを上回っている。
特に、11月3日は19.9℃、4日は21.2℃まで上がり、どちらも11月の最高気温としては2024年現在においてもトップ10に入る高温であるし、例年なら雪がしばしば積もる日が現れる11月中旬も10℃前後、11月下旬も7℃くらいで、根雪がはじまるような寒さではない。
実際、この年の11月、札幌では1センチ以上の積雪は観測されなかった。
異例の暖かさと雪の遅れについて、月末の紙面では札幌測候所の豊蔵所長が解説を行っている。
この暖かさで行けば降雪は来月中旬頃
豊蔵札幌測候所長の談に依れば 平年の温度は本月の上旬で 華氏の四十度、中旬が三十七度、下旬は三十二 三度であったが 中旬迄は昨年と大差無く平均二 三度の高温であったのが 下旬になってグッと上って 本年は四十五度を示して居る
平年ならば近頃になると満州方面に七百七十粍内外の高気圧が出来 太平洋北部など根室東方の海上に七百五十五粍位の低気圧が来て 爲に 北西の風が強く 寒気が加はるのが例であるが
本年は満州方面の高気圧が七百五十七粍位で平年より低く 剰(あまつさ)え 其 高気圧は固定して居らず 絶えず東方に向かひ 太平洋方面に移入するから 当に南風が多く 殊に太平洋北部の低気圧も約七百六十粍で平年より高いので 本年は非常に高温なのである
右の如き状態に在る所から 本道の上には時折小低気圧が通過して雨量が多いのである
根雪にならない迄も 雪が降るのは平年十二月の三日とあるが 昨年は十二月八日であったが 旭川が同日の雪が昨年根雪になって居る
勿論 降雪の最も遅れた年で十二月二十日であるが 本年は未だどう変化するか不明である
今迄通りで順調に行くならば 降雪は平年より二週間後れて 来月の十日乃至二十日頃になるであらうと
(1920年:大正9年11月28日 北海タイムスより)
この年の11月の気候の状況について、中央気象台が発行した「気象要覧」をみると、豊蔵測候所長の話と大体同じような説明が載っている。
大陸の高気圧は弱く、ベーリング海方面の低気圧もまた弱く、冬型の気圧配置が弱かったうえ、長続きしなかったことが原因であった。
この時期、同じように下がるべきものが下がらず、高止まりしていたものがある。
それは「物価」である。
第一次世界大戦が終結して戦後不況に陥る中、卸値は下がるのに小売物価はなかなか下がらず、庶民の生活は苦しさを増していた。
このため、商店には「暴利を貪っているのではないか」という疑念の眼が向けられたのである。
11月12日に道庁内務部地方課が札幌市内の物価調査を行った結果を公表すると、新聞はその内容を詳細に報じた。
札幌各町内に於ける卸と小売値の差
札幌区内小売商は卸値の低落せるにも拘らず 依然高値を持ち居れるが 日用必要品に就き 本月十二日現在を道庁内務部地方課にて調査したる値段左の如くなるが 是に依って見れば 卸値と小売値の差 甚だ大にして 殊に店毎に其の価格を異にせるを知らん
▽素麺饂飩類
素麺 蓮の糸五貫入り一箱 卸値八圓なるを以て 百匁に対し十六銭の割合なり
区内十二軒の小売商に就き 小売価格を見る
二十八銭なるもの二軒 二十銭なるもの七軒 二十二 二十三銭なるもの各一軒 北八条某店の如きは二十五銭にして 百匁に対し 他店に比し 実に二銭乃至七銭高価なり
乾饂飩も販売店に依り 曲大(かねだい)製大束一把十二銭なるものあり 甚だしきは十二銭なるものありて 同一製品一把に対し 二銭の差あり
白玉丸松印五十本入 一箱八円なれば 一本の卸値相場十六銭の割なり
小売相場は十一軒の小売店中 十八銭のもの一軒 某店二十三銭にして五銭の差あり
他店は凡て二十銭なり
▽味噌醤油酒類
佐渡味噌 十貫目入一樽相場九円なるを以て 一貫匁九十銭の割合なり
小売相場は一圓十銭或は一圓二十銭にして 商店に依り十銭の差あり
而して一貫匁に対する小売相場は卸相場より店に依り二十銭乃至三十銭の利益ある訳なり
醤油 亀甲万一升の小売相場は区内数軒の商店を調査するに 一圓二十銭を普通とするものの如きも 南一條某店は一圓なり
又 卸相場は一斗樽(正味九升入)金七円五十銭なれば 一升八十三銭三厘の割合なり
酒金露一升 南一條某店一圓七十銭 南七条某店 南二条某店は各二円二十銭にして 金露一升入一瓶に対し 金五十銭の差額あり
他店は二円のも多し 卸売は一升入り二十四本入れにて 金四十円なれば 一升瓶一本の価格は一圓六十六銭六厘なれば 平均二割強の暴利を貪れり
札幌ビール赤一本 区内小売相場は五十五銭のもの多し
而して卸相場は一ケース五円八十銭なれば 一本四十八銭三厘なり
牛乳小売は普通一合七銭なるも 卸は一合平均二銭八厘なれば 一合に対し 四銭二厘の利益にして 十二 三割の利益ある訳合あり
牛肉缶詰 三井物産株式会社製 やまと煮緑色レッテルもの一缶の小売価格を調ぶるに 停車場通某大商店一軒は六十五銭 一軒は六十銭なるに 南一條某店は八十銭 北二条某店は七十五銭にして 十五銭又は二十銭高価なり
要するに需要者は大いに目覚めざるべからず
(1920年:大正9年11月20日付 北海タイムスより)
「蓮の糸」というのは、この頃の”そうめん”の代表的な商品名だろうか。今なら”揖保乃糸”みたいな感じ。
醤油の「亀甲万」というのはキッコーマンのことで、「金露」は当時神戸・灘の酒造メーカーのブランド清酒。
この当時の札幌区民が、どういうものを食べて飲んでいたのかがちょっとわかる記事である。
卸値に対して2〜3割の利益がある状態は「暴利」として、また、同じ札幌の中でも価格差がある状態を、記事は攻撃にかかっている。
同じ紙面には、岩内では料理飲食店業組合が、店で出す蕎麦とお酒の値段を値下げすることとしたとの記事があり、札幌の商店主にプレッシャーを加えている。

▲肉屋の暴利を糾弾する記事(1920年:大正9年11月21日付 北海タイムスより)
原料は低落した 蕎麦十二銭は不当
札幌蕎麦営業者は原料低落の今日 尚 もりかけ各十二銭を唱へ居るは甚だ穏かならす
既に北八条附近飲食店は もりかけ各五銭の大破格を以て販売しつつあり
尤も手打ちなるや機械打ちなるや疑問なるも 量の上よりするも質の上よりするも 一般のそれに比し 決して遜色なく 然も器物の清潔は場末に於ける飲食店として稀に見る處にて味の美、不味は兎に角として 一箇に付 七銭の差あり
五銭売にて相当収益あるものとせば 一般営業者は甚だしき暴利を貪りつつあるを立証するに難からず由来 組合規定なるものは斯かる場合 営業者にとりて恰好の逃口上となり
「組合規定なれば致し方なし」とて自ら暴利つつあるを認め乍ら 更に顧みる處なく 値下げを当然とするも組合の情誼(じょうぎ)に左右されて 断行するを得ざる場合ありと云ふが 所謂社会奉仕の精神より 斯る情弊を打開して速やかに値下げをせざれば 需要者の非難同盟に遭ふやも計り難し
一方 豆腐の如きも本紙の痛撃に遭ふて 一銭値下したるは 蕎麦屋に比して稍や怨すべき点ありとするも 尚 値下げの余地十分あり
既に旭川は六銭に値下げを断行し 社会奉仕の実を挙居るにあらずや
是亦 組合に於て協議を遂げ 少なくとも三銭乃至四銭の値下をなすべし
(1920年:大正9年11月2日付 北海タイムスより)
商人の側からすると、価格は必ずしも卸の値段だけで決まるわけではないから・・・と言いたいところだが、ここはぐっと我慢で、時折安売りをしながら嵐が去るのをただ待つのみといったところか。
気温は高いが、商人の懐は決して温かいわけではなさそうだ。
そうこうしているうちに、大正9年も師走へと入っていくのである。