2012年09月01日

明治末年北海道記11:1912年4月29日夕張炭鉱爆発事故その3

9月1日となったが、実質的には8月32日のようなものか。
札幌は29.9度とあと一息だったが、今日も北海道は30度以上の真夏日続出。倶知安や江差は9月の記録を26年ぶりに更新し、涼しい浦河も29.9度。もうちょっとで真夏日の最晩記録を69年ぶりに塗り替える所であった。

一昨年に匹敵する記録的残暑はもう少し続きそうだが、今回も明治45年4月末に起きた夕張炭鉱の話を続けよう。

一回目に事故の概要、二回目は目撃談を中心にまとめてきたが、今回は被災者を扱った記事について取り上げる。

1912年(明治45年)5月3日 北海タイムス


▼遭難者と遺族

今日迄登川分署の調査によれば 今回遭難者二百六十六名の内 係員を差し引き坑夫二百五十六名中 二戸は家族皆死に絶え 八十八名は独身者にて遺族なく 百六十八戸の遺族は合計五百四十七名にて

是等は皆カツカツに其日を送る者多く 柱と便りし(頼りし)稼ぎ人に逝かれては取り付く島も無き者どもなり

死体の発見せられし者には葬送料十円 香典三円 其他重役より若干の弔慰金ある例なれど 未だ発見せざる者に対しては左様の取り扱いもあらず 困窮者に対し毎戸米二斗 味噌一貫目ずつを下げ渡し居れり


相当危険な労働だった炭坑夫だが、明治時代は賃金は安めで、それこそ「カツカツ」な暮らしだったようだ。
この時代、他の紙面でも見てきたが一家の大黒柱を失うということは、即、暮らしの困窮を意味していた。脚気のような病気でもなく、突然柱を失った家族の心中は察するにあまりある。

翌日の紙面に続く

1912年5月4日 北海タイムスより


▼棺の山

去二日は晴天とて 被害者の小頭 鈴木吉次郎の弟なる雑夫 鈴木金蔵の葬儀を始め。都合六個の葬送あり

いずれも遺族の兄弟妻子は涙ながらに哀れ気なる会葬に 村民いずれも同情せざるは無かりし。



遺体搬出は増えると同時に葬儀の数も増えていく。
そんな中、悲しみを少しでも癒そうとする人々の記事もみえる


▼奇特なる人

追分駅機関庫勤務 機関手・太田久治は二日炭鉱病院に出張中なる鈴木巡査に面会し 私は子供一人あるも斯かる椿事の場合困難する孤児あらば 二人位は引き取ってもよければよろしく頼む云々と申し出たりと

又登川市街地雑穀業・山田伝助は同日炭鉱病院に行き 遺族其の他の人々に林檎を分配せりと


孤児を引き取るとの申し出、少しでも心を和ませたいと林檎の差し入れ。
北海タイムス本社に寄せられる義捐金も増加し、この五月四日掲載ぶんでは総額は百円を超えた。

この日は、坑夫たちの置かれている状況がもう少しくわしくわかる記事も掲載されている。


▼悲愁の涙乾かざる坑夫長屋

▼夕張市街地
熊笹の繁った小山続きが両側から迫ってきて その間が細い谷となり 一条の急流が北から走る谷には鉄道が敷かれ 両方の山腹には一幅ずつ平らに削られて家が並び 店屋床屋飲食店銭湯旅籠屋 さういう者が大部分を占めて戸数は今七百六十もあらう

此の山の坑夫や炭鉱の社員を相手に建てる町だから探鉱の景気に連れて町の人が増えたり減ったりする

此両側の小山の中腹は家も無くなって痩せた柏樹がポツポツ立っている
そして北の方へ行くとあっちに一村、こっちに一村 坑夫長屋が黒く汚れて群がっている

▼炭山の坑夫
第一鉱は一年四十八万トン 第二鉱は十四万七千トンからの炭を出す

炭を掘る所は町から十四、五町も北の方に在り 軽便鉄道のやうな輸車路がゴトゴト入り組んでトロッコが坑口から始終ガタガタ響いて出たり入ったりする

輸車路の両側はまるで石炭だらけ
さういふ所で石炭を運ぶ箱車(トロッコ)を押したり 真暗な坑の中へ入って安全燈たよりに石炭掘り出したりするのが坑夫の仕事で 坑内の労働は八時間を限りとする

採炭はトロッコ一台十三銭位だから 馴れた者は一日に一円三十銭は掘る
未だ馴れない者や家族の多いものは暮らしに追はれる方で殊に病気が怖い

病気で働けない者には米噌を貸してやるが それが所謂サガリになるのだ

それで会社の方ではしきりに貯金を奨励し贅沢を戒め 又共済会といふ者があって困窮の場合を扶け合ふ様にもなっている

殊に此頃は坑夫の淘汰を厳しくするので昔のやうな無頼漢や乱暴者は跡を断って警察の厄介になる者が少なくなって居る。

飯場や坑夫長屋へ行って見ると小さい箱に土を盛って葱菊(ねぎぎく)や石竹やモットハイカラなのはカーネーションなんか植えているのがある。

▼飯場と長屋
飯場といふのは独身者の坑夫の寄宿舎で 松尾とか小林とか高橋とか皆其の主人の名が附いている

三間に十七、八間もあるやうな長い建物の戸口に入ると一しきりの土間があって炊事を遣って居り 左の一室は取り締まり室で右はぶっ通しに十間もある細長い畳敷きで 枕元には窓があり足元に夜具を畳んである

独身者はここで飯を食べ 夜はズット一列に並んで寝るのだらう

飯場は小奇麗に整頓した建物だが、其の周囲の坑夫長屋になると随分奇麗でない

是は三間に二十間もある長い汚れた建物で 小山の中腹を上へ上へと二十棟も三十棟も列で建っている。



明治末の夕張の風景、そこに暮らす炭鉱にかかわる人たちの模様が端的にまとめられ、風景が頭にありありと描かれるような記事である。

さて、翌五月五日になると、紙面には遺族の様子を取材した悲しい記事が満載となっていく。

1912年(明治45年)5月5日 北海タイムス


▼遺族の現状

生地獄に等しき大椿事に遭遇し 二百有余の生命を絶ち其の遺族等は 坑内より搬出する屍体の我が子か我が父かと坑口又は病院前にい集して 狂せん計り泣き叫ぶ悲惨の光景には同情の涙に暮れぬものなきが、尚ほ其の現状に至りては 父に離れ夫に別れ、我が子に先立たれ其の日の糊口に窮するものあり、孤児となりて茫然彷徨するあり、真個悲劇の是より大なるはなかるべし、

記者は現場または病院警察と奔走に忙殺さるる閑を偸みて(ぬすみて)香山特派員と是等遺族の現状を調査したるものを左に掲ぐ

▼木村雇の遺族
炭鉱汽船会社の雇・木村亀太郎氏(四六)は炭山丁社宅 即ち第二斜坑左横手に居住し 今回の罹災者中の頭梁株なり

家族七人あり同氏は日露戦役に出征し戦功ありて勲八等を有し 常に会社に於いて温厚と職務熱心とにて信用あり

罹災当日も二百六十余名の雇員坑夫等を督し 率先して坑内に就業に入りしが終に職に殉じたる人なり

同家を訪問せる際 未だ死体発見されず 令息等が弔う題目の声 憐れに聞こゆ

▼夫の死に異状
同会社松尾勝氏(二七)は大分県の人

去(明治)四十年工手学校採鉱冶金科を卒業後 福島磐城(いわき)炭鉱より昨年二月当山に転せし計りの人にて
氏は常に炭鉱の竪坑(たてこう)掘進術の研究に熱心にて 当山にても忠実に就職し 今回も坑道掘進監督として入坑中不幸にも災厄に罹りしにて

遺族として郷里には父寿七郎(六一)母フチ子(五七)と実兄二人あり

当山には目下 登川第二小学校の女教員たる令閨(れいけい)キン子(二一)あり
キン子は始め学校にありて第二斜坑爆発の椿事を聞き、夫の身の上 若しもの事なきやと心痛し居たるを人ありて松尾氏は無事なりと報じたるより大いに安心せるが、午後に入り夫は全く変死せる旨再び耳にしたるため 女の狭き心より大いに驚愕して卒倒し 人々の介抱に蘇生なせしものの 遭難当時は一時逆上して精神に異状を呈せし如くなりしも 松尾氏の友人数名に慰められキン子は昨今に入り 只管(ひたすら)夫の死体発見を待侘び(まちわび)仏事に余念なしと

▲遺族は十人
今回の惨死者中 遺族の最も多きは小頭・本田喜久治(四六)一家にて

喜久治は宮城県仙台市の生まれ 目下炭山丁来社宅に居住し 小頭にては幅利きの男なりしが 終に罹災の一人となりたり

然るに同家には妻テウ(四五)長男親光(二五)次男仁吉(二一)長女イナヨ(十八)三男三男(十六)四男茂(十三)二女セツ(十一)三女キクエ(八つ)五男五男(五つ)テウの母(六一)の十人あり

尤も(もっとも)長男親光は目下追分停車場に 次男仁吉は当炭山一番坑に従事し居れど 兎に角十人といふ多数の家族にて親光仁吉両名は本田家の今後に対し、仏前に額を集めて苦心し居る旨 往訪の記者に話し居れり

▲鈴木兄弟の死
今回の悲惨を極めし丁末社宅に住む小頭・鈴木吉次郎(四一)の一家にて 爆発の際は吉次郎及び弟金蔵(二四)の兄弟共に悲惨の死を遂げしにて 金蔵の死体は去る三十日発見したるも兄・吉次郎の死体は今に発見されず

家族は四名あり、長兄・鈴木岩太郎氏は空知郡歌志内村にて請負師を業とし今回の椿事にそうそう駆けつけしが季弟金蔵の死体だけ発見せしゆえ、去二日漸く葬儀を済まし、今は只だ吉次郎の死体発見を待つのみ、奥座敷には燈明の煙り絶え間なし



270名ほどの犠牲者がいるのだから、このような話は、ほんの氷山の一角、かけらにすぎない。

家族が炭山にいるものについてはこのような話が語られて出てくるが、独身者については故郷が遠いこともあり、全く記事にはなっていない。

遠く郷里で、出稼ぎの愛息の死を突然知らされる様は、戦時中の戦死の電報を受けるよりも、ある意味衝撃の大きいものだったかもしれない。

残暑が終わる前に?もう一回続く予定・・・

posted by 0engosaku0 at 23:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 1912年 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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