この場所は、低気圧や台風の通過により、道内一の降水量を観測することが多く、夏場の”大雨常襲地帯”として有名である。
令和7年(2025年)は9月13日と10月1日の2回、日降水量360ミリを超える極端な大雨を記録し、後者では一時間降水量123.5ミリという猛烈な雨も観測した。
この北海道の中でも一番雨が降るといわれる、この地域に、もう20年以上も通行止めとなって放置されている道道がある。
道道白老千歳線(道道1045号)である。
▲白老町森野の道道1045号の入り口。ゲートが下りて通行止めとなっている。
もともと、この道路は千歳側(美笛峠方面)が未完成で、白老側から入っても行き止まりの”盲腸路線”なのであるが、2003年(平成15年)11月26日から「路肩決壊の恐れ」で通行止めとなってから、解除されたことはないようである。
しかし、この道道の奥には「沖野温泉」という野湯マニア垂涎?の秘湯がある。
この温泉の概要は、ちょこっと検索すると探検記がぞろぞろ出てくるので、そちらで見ていただくこととするが、この野湯の経済的利活用が考えられていたのが、1923年(大正11年)である。
今回はこの時の記事をみてみることとしよう。
白老川上流で 温泉を発見
白老から約三里半、白老川の左岸に流入るポンベツ川を遡ること約十五町にして 通称温泉川と云ふ 湯の流れる川に達する
其(その)川を更に十町程上ると 川の両岸の岩の間から 人肌位の温泉が湧き出てゐる
昨年の十月頃 之に目をつけたのが 室蘭のおかめ豆腐屋 沖野岩吉氏である
尤も発見は 明治三十五 六年頃 土地の人達に依ってなされたので 沖野氏は 此土地に長く百姓をやっている 伊藤石松氏から聞いたのである
早速大学病院から 某学士と助手を招いて 現場の調査と分析をやって貰った
夫(それ)は昨年の十二月頃の事である
其結果 硫黄分を含む塩類泉で 眼疾や皮膚病、腫物に点効のあると云ふことが判明した
沖野氏は此結果に益々勢を得て 直ちに測量をして其處は御料地なので宮内庁に出願した
夫で 御料局札幌支所から この四月七日に技師が一名派遣され、苫小牧川口出張所長、錦多峯松田分担区員が現場の案内をして 松田分担区員の測図に基づいて実地調査を遂げた
沖野氏は 早速 道路工事や建築を苫小牧の西村嘉一郎氏に請負はしめ 土工も現場へ上り 今は只 許可の指令を待つばかりで 遅くも七月末迄には大体の工事を竣成し 入浴の出来る様にしたいと意気込んでゐる
昨年十月 実地を見た御料の一谷君の話では 温泉一体は岩磨で 其の岩で自然の浴槽が出来、瀧を作ることも自由自在で 風光絶佳申し分のない温泉場なさうである。
之は話に過ないかも知れぬけれども、場合に依っては電車までつけ様としているとのことであるが 夫までゆかなくても、徳舜瞥(とくしゅんべつ)道路の完成に伴って 人里離れた神秘境にある此温泉も 追々 浴客を呼ぶに至るだらうと思はれる。
(1923年:大正12年5月3日付 北海タイムスより)
この記事が出てから5年後の1928年(昭和3年)。
沖野岩吉はこの温泉に自分の名前をつけ、旅館を建設。「沖野温泉」としてこの地で創業する。
1930年(昭和5年)に発行された「日本温泉案内」には、沖野温泉は白老駅から徒歩4里のところにある閑静な湯治場で、周囲は密林がうっそうと生い茂り、昼間でも暗いほどであると説明されている。「沖野旅館」への宿泊は、1泊3食で1円半とのことであった。
しかし、アクセスが悪すぎて事業はうまくいかず、温泉は3年後の1931年(昭和6年)に伊藤達夫商店に売却。
その後、この地に作られた旅館の建物はとりこわされた。
時代は下り、1964年(昭和39年)に北炭観光開発が沖野温泉付近のボーリング調査を行ったものの、湯は出たものの温度が35.5℃といまいちで、1976年(昭和51年)にも調査は行われたものの、結果、温泉は自噴のまま放置された。
その後、沖野温泉のそばを通る道が「道道白老千歳線」となり、道庁管理の道路となったのだが、温泉付近はほとんど整備されぬまま全区間通行止めの憂き目に遭い、20年余りが経過したのである。
沖野温泉はこうして知る人ぞ知る、野の秘湯となって今に至る。
廃道同然のヤブ道に加え、ヒグマやアブ、マダニの巣窟、、、。
沖野温泉への道のりは、大正よりも令和の今のほうが険しいのかもしれない。
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