北海道では、立春を迎えた後は、1月の酷寒が嘘のように、暖かい日が続いた。
札幌の最高気温は、7日は0.6℃と真冬日を脱し、8日は4.5℃、9日は3.7℃、10日は5.5℃、11日は5.0℃・・・といった具合である。
積雪も6日には105センチに達していたが、11日には74センチ、12日には63センチというように、どんどん減っていく。
網走では10日には、年が変わってから初めての雨が降り、それが話題にもなった。
そんな中での2月11日である。
この日は紀元節ということで、積丹町のある小学校では校長の訓話が行われた。ところが・・・
北海タイムスのコラム「クマの目」で、この日のことが紹介されている。
クマの目
来月は各学校の卒業式だが 校長来賓等が生徒の迷惑を顧みず 型にはまった誨告やら祝辞やらを長々と弁ずるのは不心得も甚だしい
殊に来賓の如きは 入替立ち替 同じやうな事を述べたり 方角違ひの火防衛生の宣伝などに脱線するに到っては 沙汰の限りである
現に去る紀元節の当日 積丹郡入舸の相木校長が 例の不得要領の訓話を牛の涎れのやうに ダラダラと長い間やった為に 尋二の女生徒が立小便をして式場を汚したといふが 昨年も此の訓話が長いのにアテられて 大便をした生徒があったといふ事だが
迷惑も此処まで行けば徹底したものサ
(1922年:大正11年2月16日付 北海タイムスより)
入舸(いりか)村は、積丹半島の北東側の突端にあたる「積丹岬」を含む集落。
集落の中央を入舸川が流れている。1956年(昭和31年)に合併して積丹町が誕生するまで、この場所に一つの村があった。

▲入舸村の位置
入舸小学校は1887年(明治20年)に開校というから、この年は開校35年目。
”相木校長”の話の長さと退屈さは、インターネットもSNSもないこの時代にあっても、札幌まで話題にのぼるほどだったようである。
相木校長の訓話のまずさは、天をも怒らせたのか。
翌日、入舸村を災害が襲う。
豪雨で入舸川氾濫
積丹郡入舸村は 十二日夜来の豪雨にて大出水を為し 川筋は 其 表面 氷張詰居る為 充分の排水出来ず 十二日午前十時氾濫
青年団 消防組 非常召募を為し 協力排水に尽力せり
入舸村役場の如きは 玄来前二尺、場内廊下便所浸水一尺 事務室 会議室 宿直室等 畳 建具、書類 函等取片付けの為 青年団 消防組の応援を求めたり
午後三時 青年団 消防組の協力にて 川筋下流へ漁舟を浮べ 張詰たる氷を砕き 排水に便ならしめたる結果 減水せり
浸水家屋三軒 又 日司村五戸浸水 野塚村八戸浸水、野塚橋は流失し 西川濱中へ漂着せるを野塚、日司、西青年団及 入舸村 第二 第三部消防出動協力して橋の材料を運搬 仮橋を応急架して 辛うじて 人だけの交通を連絡せり
因みに十二日 入舸 余別間の郵便逓送 一日二回往復すべき所 出水の為 全然不通となり 十三日に至り 漸く開通せり
(1922年:大正11年2月16日付 北海タイムスより)
11日から12日にかけて、北海道付近を低気圧が通過した。
11日の夜から降り出した雨は、12日朝にかけて断続的に降り続いた。
夜でも雨となるほどだから気温も高く、各地で雪解けも進んだ。

▲11日正午の天気図 (『天気図』大正11年2月,中央気象台,1922-2 国立国会図書館デジタルコレクションより)
道内の測候所で観測された雨の量は、一番多い寿都で16.3ミリ、釧路12.8ミリ、旭川5.8ミリ、札幌は3.0ミリ、網走0.2ミリ。
後志地方で一番多いが、「豪雨」というほどの量ではない。
しかし、高い気温で雪も解けている。11日から12日にかけて札幌は11センチ、函館は8センチ、寿都も16センチの積雪が減った。
この時期に10センチの雪が減ると、30ミリ前後の雨量に相当する。積丹では、50ミリ前後の雨に相当する出水があったことは十分考えられる。
しかも悪いことに、1月の酷寒で川は凍結していた。
記事を見る限りは全面結氷ではなかったようだが、それでも、川の両側の厚い氷により狭まった川では雨水と融雪水が吐きだせず、溢れていった様子は想像できる。
▲いまの入舸川
浸水家屋は3棟ということだが、橋は流され、町の行政の中心である役場が浸水してしまうというのは”おおごと”であった。
流れる川に船を浮かべ、そこから氷を割って流れの幅を広げるというのは非常に危険な作業であるが、何とかこれが功を奏して、水は次第に引いていったということである。
この災害に直面して、入舸小の校長がどのような働きをみせたのかは、一文も記録は残っていない・・・。
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